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タイで想う日々

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SEK LOSOヒストリー2004-2007

8 2月

続けてタイ国内でアルバム発売(2005年後半から06、07年のセーク)/Sek Loso episode 5: The Collection & M-150 concert 2006 and more...5

全曲英語のFor God's Sakeはいつでもリリース出来る状況にあった中、セークはタイ国内でSek Loso The Collectionを発表する(2005年6月)。
collection この新譜は新曲4曲。バードセークから3曲。さらにパンティップのパンクバージョン、M-150のCMソング。そしてLOSO時代の音源リマスター6曲のいわばベスト的なコンピレーションアルバム(全15曲)となった。
*個人的には当時はなんでこんな形で?と想っていましたが、こうしてセークの当時の変遷を見て来ると、このthe Collectionには英語の歌詞こそないもの、セークの世界進出の経緯の一端が見え隠れします(実際本作のM-01、05、06はオーウェンモリスと制作した音源)。またGO INTER計画とともに国内のGMMグラミーとの契約も履行していかなければならなかった状況も想像できます。

この時期、セークは先の米South By Southwestフェスに続き、英国のthe Glastonbury FestivalやPatti Smith's Meltdown at Royal Festival Hall(05年6月)などの海外公演も行った。
元オアシスのギタリストBoneheadは米でのいくつかの公演のあとバンドを離れたので、急遽タイ人のTom LOSOことVorabut Tiaprasertをタイから呼び寄せた。Tomはこうしてレギュラーメンバーとなっていった。
*このトムが参加した時期のライブをチェンマイとバンコクで見ています。非常にクオリティ、テンションとも高かったライブと記憶しています(バンコクではSEK LOSOワールドツアーとプリントされたTシャツも購入しました…)。
SEK LOSO live in Mandalay(チェンマイ)(15/AUG/2005)
SEK LOSO at Hollywood Rachada(バンコク)(25/AUG/2005)

この、エリック、トム、クリスの3人を率いた時期は翌06年10月まで続いた。米ツアー時にバンドを離れたBoneheadはその後も時々ゲスト参加し、05年12月バンコク・ワールドトレードセンター屋外でのコンサートにも出演した。

そして、2006年。
セーク(The New LOSO)は初めての中東でのコンサートも実現(1月バーレーン首都マナマthe Delmon International Hotel )、4月にはインパクトアリーナで Big Ass、 Bodyslam、 Lanna Commins、PotatoとのM-150コンサートに参加し、この模様は6月にライブVCDとして発売された。

SEK+Eric+Tom+Chrisによる唯一の公式ライブ映像/Sek Loso Live at M150 (2006-04-23)


black_and_white さらに7月、全曲タイ語の新曲ばかりのアルバムBlack & Whiteを発表、セークはロックアーティストとしての底力を見せつけた。

その7月末ニューヨークで行われたタイミュージャンによるロックオペラ公演でPruノイと舞台上で大げんかをする事件など波乱もあったが、9月からはBlack&Whiteアルバムプロモート国内ツアーを開始。
タイTV生放送の7chコンサートではオリジナルLOSOメンバーであるラットが飛び入りで参加。ラットはその後クリスに替わってレギュラーベーシストを務めるようになる。
SEK LOSOの7ch Concert (2006-09-16)
チェンマイ冬祭りでのLOSO公演(ベースがラット)/SEK LOSO live at Chiangmai Winter Festival(2007-01-09)

For God's Sakeですが…結果として(日本のファンの前には)2007年にiTunes Music Storeで披露されることになりました。
むろん憶測でしかありませんが、海外での大きな契約が実らなかった、と見るのが妥当でしょうか。実際CDとしてどこかの国で発売された、という情報は入手できていません。
しかしこうやって2004年から延々と続いた経緯を振り返って行くと、これらの中でSekの出来たこと、出来なかったこと、いろいろな状況が見えて来て、一言では言い表せないモノがあります。
広義に解釈すればSekのGO INTERはいまだ進行中ということなのでしょう。
今後もタイロックのカリスマ、Sekに注目して行こうと想います。
(author 匠武士 Sek Loso episode/セークLOSOヒストリー2004-2007)<終わり>

gods_sake FOR GOD'S SAKE(2007/iTunes Music Store)
01.Eat You
02.I Wish I Could
03.In The Air
04.Regency
05.Exactly
06.Tiger
07.Just Wonder
08.She's So Sexy
09.English School
10.All I Need Is You
11.Love Is My Religion

新カテゴリー:SEK LOSOヒストリー2004-2007
4 2月

父の死を乗り越えGO INTER(2005年前半のセーク)/Sek Loso episode 4: Tiger(from Special EP)5

2005年初頭、レコーディング作業後、ベースのRobはバンドを離れた。英国を離れてタイでの長いライブ活動をしたくなかったからだった。
一方、セークは1月から2月にかけ、タイ人の3人のメンバーを率いて欧州ツアーを行った。この中に現メンバーであるTom LosoことVorabut Tiaprasertも含まれていた。
2005年3月、セークの父が交通事故で亡くなるという衝撃の出来事があった。
訃報にもめげず、セークは米テキサスのライブハウスThe Drinkでアメリカ初ライブを行った(3月19日"South by Southwest Music Festival") 。セークは米Rolling Stone誌のインタビューに答えた。
「ローリング・ストーンズは(中心メンバーだった)ブライアン・ジョーンズが死んだ2日後にハイドパークで演奏したんだ」

米公演後タイに戻ったセークは先のタイ人メンバー3人と国内ツアーを行った。ノーンカイ、プーケット、クラビ、ハジャイ、ナコンシータマラート、スラタニー、チュンポン……野外コンサートではランナーカミンやBIG ASSと共演した。4月7日のバンコク・ハリウッドでツアーは終了した。

セークはレギュラーバンドとして新しいベーシストを必要としていた。エリックの旧友でバンド仲間だったChris Borsberryの名前が挙がり、彼をバンコクに呼んだ。



セークはクリスとは前年ロンドンでのCM撮影(YAMAHA BIKE)で共演した経験があった。CMでは敵役のギタリストとして出演したクリスは今度は弦を6本から4本に持ち替えて、すなわちベーシストとしてセークのバンドに加入することになった。クリスのデビューはいきなり大観衆を前にしたBangkok Music Festival(2005年5月7日ラチャマンガラ国立競技場)だった。
父の死を受け、セークは父への想い出を詰めた曲Tigerを6月にリリースした。これは100枚限定で制作されたEPで新譜For God's Sakeにも入れられることになった……

このように2005年3月のアメリカ公演をした時点でFor God's Sakeはいつでもリリースが出来る状況にあったという事実。
あとは、それを海外でディストリビューション(流通)してくれるレコード会社との契約さえ実れば。しかし結局は…

次回は2005年6月発売のthe collectionの話から。


Tiger (by Sek and Owen Morris) - Sek Loso
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3 2月

セークツアーメンバー(the new LOSO)の変遷/Sek Loso episode 3: Exactly(from For God's Sake)

2009年1月現在のSekツアーメンバー
・Sek LOSO/Lead Vocal, E&A.Guitars
Eric LOSO (Eric Lavansch) /Ds ※2004年から参加
Tom LOSO(Vorabut Tiaprasert)/E&A.Guitars, Chorus ※05年から
Dit LOSO/Bass, Chorus ※07もしくは08年から

ドラムはもはやセークの音楽活動にかかせないであろうEric
2004年セーク英留学時に音楽誌『NME』にて公募したメンバーの一人。続きを読む »
2 2月

セーク世界進出アルバムFor God's Sakeの制作経緯/Sek Loso episode 2: I want to eat you5

2002年LOSOとしての最初で最後のライブアルバムおよびVCDを発表後、バンドは実質解散状態となった。セークはソロ活動を開始し、2003年初ソロアルバム「ジェ・シンハー(7, August)」を発表。
2004年にはスーパースター・トンチャイとBird Sekを組み、アルバムを発表。インパクトアリーナで2daysコンサートも行った。このスーパーユニット結成と平行してセークの世界進出計画は既に進行していた。
この重要なセークの2004年を英WIKIsekloso.netなど検索した記述を元に振り返ってみると…
セークはタイの音楽シーンを越えて、念願の世界を目指した。
自分のアイドルであったジミ・ヘンドリックスの伝記を読み、ジミヘンの様に英国で国際的なスターへのステップを踏もうと決意した。
2004年セークはロンドンに渡り、ESOL学校に入学。6カ月の徹底的な学習で上流のイギリスアクセントの英語を学んだ。英語の歌を書き始めると音楽誌「NME」でベースとドラムを公募。オーディションの課題曲はジミヘンの傑作アルバムAre You Experiencedから選んだ。
セークは選ばれたドラマーEric Lavansch (“Eric Loso”)とベーシスト Anthony Wilson (“Eddie Loso”) を引き連れ、タイで6ヶ月、ライブを行った。

一方、セークはバンコクで小説を書いていたティム・カーに注目された。ティムは元アメリカ音楽業界のA&Rであり、the Beastie Boysや Megadethとの仕事経験もあった。ティムはセークバンドのデモテープを何人かのプロデューサーに送った。 最初に反応があったのは OasisやThe Verveのプロデューサーであったオーウェン・モリスだった。
オーウェンはGMMグラミー社の要請でタイに渡り、セークを紹介された。そして大観衆を前にパタヤ音楽祭で披露されたセークのライブにオーウェンは強い感銘を受けた。
オーウェンはセークのデモテープから3曲セレクトし、プロデュースした("I Wish I Could", "I Just Wonder" and "Fly Away")。その他"Love Is My Religion"などの曲はレコーディングセッションの中で生まれていった。
セークはオーウェンの元、さらに3つの曲をレコーディングした。それは"Chun mai sum-oiy" ("ฉันไม่สำออย")、"Karm chun pai korn" ("ข้ามฉันไปก่อน")、"Pantip"(パンクバージョン)で、これらは翌2005年6月発売のSek Loso:The Collectionに収められた。

sek_for オーウェンは元オアシスのギタリストPaul "Bonehead" Arthursをバンコクに呼び寄せ、レコーディングとセッションへの参加を依頼した。エリックとエディーは家族との時間を持ちに英国に一時帰国。結局いくつかの理由でエディーはバンドを離れることになったが、エリックはタイに戻り、新ベースの Rob HudsonとギターのBoneheadとでアルバムFor God’s Sakeの最終ミックス作業に参加した。そうして2004年は過ぎ去っていった……。

この直後の2005年初頭。あの!ピーター・ガブリエルのリアル・ワールド・スタジオでFor God’s Sakeはフィニッシュされたという。
この後何曲かの追加があったとはいえ、この全曲英語のアルバムは実質the collectionやBlack&Whiteに先んじて制作が終わっていた!という事実!
(なおいくつかの情報をまとめてみると、SEKの英国留学は実質2003年から始まっていたように想われます。)


i want to eat you - Sek Loso

**(以下の”続きを読む”は同じものが続いています。システム上の不備でご迷惑をおかけします) 続きを読む »
1 2月

LOSO解散後のセークを一寸まとめてみることに/Sek Loso episode 1: In The Air5

国内ツアーが本格化し新譜の発売も噂される?セーク・ローソーの周辺をちょっとネット検索していたら、でてくるでてくる、自分の知らなかった情報だらけ!
セークのファンは日本にもすっごく多い訳で、詳しい人におまかせ状態でしたが、たとえば英WIKIにはかなり詳細なバンドヒストリーがあるし、一番驚いたのはiTunes Music Store Japanでセークのアルバム(4作品)がダウンロード購入でき、その中には世界進出アルバムとされる<For God’s Sake>も入っていたこと。全然知らなかった!!
Sek LOSO そしてセークの公式サイトもかなり充実して英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語に対応していること(日本語が無いのが悲しい…)。
http://www.sekloso.net/
人任せのツケがここまで来てたと反省し(自分の備忘録としても)セークのソロ活動の経緯をぼちぼちまとめてみたいと想います。公式サイトのVDOで聞けたセークのブリテッシュアクセントの英語にちょっと痛さを感じつつ……。
結局2004年バードセーク、2005年The Collection、2006年Black&Whiteとタイ国内でタイトル化された作品らだけでは、セークの"現実"は推し量れないんですよね。その間、セークの身の回りには何が起こり、どう物事が進んで、またどう難航したか…


in the air - Sek Loso
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